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伝説のサーファー小室正則氏 |
| 「波の男」は「並の男」ではなかった! |
小室正則 1948年生まれ、53才 藤沢市辻堂出身。
19才で全日本選手大会優勝 |
昭和->カッパ->○○○○○。さて○の5文字は何ででしょう?(ヒント:カタカナ です) この名前の由来になくてはならないサーフショップ「マーボロイヤル」の小室社長に
「辻堂海岸物語」のトップバッターとして登場していただきました。水泳が得意で多感だった小室少年は17才の夏、鵠沼海岸でアメリカ人たちが楽し げにやっていた「波乗り」に興味が沸き、自分でもやってみようと彼らのロングボー
ドを借りてやってみた。これしかない!--はかりしれない興奮を胸に、全日本選手権 の優勝までわずか2年。それも自分自身であみだしたまったくの「自己流」での栄冠
だった。 仲間5、6人で作った辻堂で最初のサーフィンクラブ「シースパイダース」。海へ はウエットスーツで自転車にまたがり、タオルをのせた頭のその上にロングボードと
いういで立ち。 辻堂商店街や「おでんセンター」の人々は彼らのそんな姿を「カッパ」と呼ぶよう になった。そこで「カッパ通り」。荒れくるう波を数え切れぬくらい経験し、生死の境を乗り越えてきた小室氏。サー
フィンを生業とする彼は若くしてサーフショップ「ボルト」を設立、一世風靡したか のように見えたが、数年で倒産。しかしそんんな挫折バネにいくつもの大会に優勝。
名を残した。そして再起したのがサーフショップ「マーボーロイヤル」である。その 後、「ハザードサーフショップ」「パイプライン」そして「テイクス」など数多くの
店が立ち並び、辻堂が「日本一」のサーフポイントとなった。いまでは誰もが「サー ファー通り」と呼んでいるこの通りには「並」たいていでない小室氏の人生を映して
いる。(この記事は2001年4月号に掲載したものです) |
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↑19才の時、全日本選手大会優勝。
数々のタイトルを獲得! |
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〜これからの辻堂サーファーへ〜
マーボロイヤル小室正則氏からの熱いメッセージ VOL2 |
| 「以前とは地形が変わり、ナガラミ(海にいるカタツムリのような生物)がいなくなってしまった今、30年前に私が挑戦したような大波は、なかなか来ない。それでも、形が決まった時の辻堂の波は、やはり日本一だと信じている。多くの優秀なサーファーが生まれた辻堂。ここで波乗りをしていれば、必ず一人前のサーファーになれる。鵠沼、茅ヶ崎、鎌倉と違って潮の流れが速く、辻堂の波を知り、乗りこなすには体力と経験が必要だ」。更に小室氏の熱弁が続く。
「サーフィンは自分だけの体力と、経験に基づく判断力を総動員して楽しむ素晴らしいスポーツだ!」。 彼の熱いメッセージは、さらに「講議」へと発展している。昨年の4月から、地元の湘南工科大学で、シーズンスポーツを取り入れた初の試みとしてサーフィンの講議が小室氏を講師として行われている。サーフィンを基盤とした小室氏の「人生哲学」がアカデミックに昇華しているのだ。
かつて「カッパ」と呼ばれた「伝説のサーファー」は、地元での結びつきを更に深め、より輝かしい、新たな「伝説」を築きつつある。まさに『過激にサーフィン・イズ
・マイライフ!』。(この記事は2001年5月号に掲載したものです) |

↑写真上ジェリーロペスとハワイにて(上が小室氏)
↑写真下リノ・アベリラとハワイにて(下が小室氏) |

かつて一世風靡したボルトのオードトワレ |